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HOME > 伯耆古城図録 > 伯耆古城図録 ~日野郡日野町篇~ > 下黒坂城

◆ 下黒坂城

【 概 略 】

伯耆国八代峯城の支城、或いは在地豪族の居館跡と伝えられる。

 

伯耆志の下黒坂村の条、古城の項には八代峯城の記載しかなく詳細は不明だが、200mほど南に所在することから八代峯城を詰めの城とした居館が推測される。

 

遺構の原型をよく留めているとされ、北側を除いた全ての面が切岸状となる。

南(山の麓)からの侵入に備えた縄張から、平時は居館、有事は出城としての機能を有したと考えられる。

【 遠 景 】

北側からの遠望

入口に石碑

居館跡の様子

居館跡の様子

【 見どころ 】

土居館

文献には殆ど見えませんが残存する遺構から方形の居館跡とされます。

しっかりと整備された土塁など遺構は見応えありますが歴史はよく判りません。

ここから北に200m程登ると八代峯城があるため、城主などの平時の居館跡が推測されます。

【 概 要 】

名 称下黒坂城(しもくろさかじょう)

別 名:土居館(どいのやかた)

所在地:鳥取県日野郡日野町下黒坂

築城年:不明

廃城年:不明

築城主:不明

城 主:不明(平宗盛の属将が推定される)

形 態:丘城

遺 構:土塁、郭、虎口(現在は消滅)、礎石、堀、空堀、切岸、井戸跡?、石柱跡?

現 状:畑地・原野

種 類:史跡指定なし

【参考文献】

・伯耆志

・日野郡史(昭和47年4月 日野郡自治協会)

【城娘】

 

【 縄張図 】

下黒坂所在城略測図

鳥取県中世城館分布調査報告書第2集(伯耆編)

【 地 図 】

【 年 表 】

年号 西暦 出来事

不明

不明

不明

【 写 真 】(訪問日:2013/08/18)

北側の郭跡

北側の郭跡

北側の郭跡(南端)

北側の郭跡(南側)

西側の切岸

西側の切岸

南側の切岸(コの字北側)

南側の切岸(コの字西側)

中央郭跡から北側

中央郭跡からコの字切岸

中央郭跡東側からコの字切岸

中央郭跡から東側切岸

中央郭跡から南側

土塁を持つ郭跡の腰郭

土塁を持つ郭跡の腰郭

土塁を持つ郭跡の腰郭

土塁を有する郭跡

南端郭跡を繋ぐ郭跡

南端の郭跡には宝篋印塔

南端郭跡と宝篋印塔

宝篋印塔

南側の土塁礎石

井戸跡

柱跡の穴?