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HOME > 伯耆古城図録 ~西伯郡大山町・大山町中山・大山町名和篇~ > 名和町 > 文珠領城

◆ 文珠領城

【 概 略 】

大山町教育委員会によると前田神社を含む約33間(60m)四方の方形区画が中世城館跡と推定されている。

 

約33間四方の方形区画の他、前田神社から道路を隔てた北側の住宅地は一段低くなっており、西側に用水路(堀跡?)が見られ、こちらも方形区画である。

神社東側も用水路を隔てた民家・空き地までが城域の一部と考えられることから、城域が約33間四方で収まるかは今後の調査に期待したい。

 

周辺の各発掘調査報告書では「文珠領屋敷遺跡」として一帯が図示されている。

 

城館跡とされる前田神社が鎮座する郭は一段高く、側面は切岸状に加工され、更に切岸上部には土塁が配されている。

切岸直下の外周にはU字溝に改変されてはいるが水路が巡らされている。

この水路は空堀、或いは水堀など塹壕の溝を利用して造作されたと考えられ、切岸、土塁、堀を配することで計画的に防御力を高めた造りの城館であったことが推測できそうである。

城館の構造から簡素な村城などではなく、比較的身分の高い人物の居館であったと考えてみたい。

 

文献に関しては城砦や城主に関する記述が見える資料は現時点で見つかっていない。

地元での口伝や伝承も伝わっていないため詳細の一切が不明。

立地的には鎌倉時代頃、名和氏の勢力圏であったことから名和氏、或いは名和氏に与した一族の居館との推測が有力とされるが、名和氏に従わず独自に勢力を保った一族が居城とした可能性の他、周辺の地名から寺領であった推測も考えられる。

【 遠 景 】

地名案内板

南西側からの眺め

南東側からの眺め

南側からの眺め

【 見どころ 】

文珠領遺跡 前田神社

「文珠領遺跡Ⅰ発掘調査報告書 住雲寺本堂建て替え工事に伴う埋蔵文化財発掘調査」など、周辺の発掘調査報告書には「文珠領屋敷遺跡」として記載されています。

一部の報告書には中世に城館が所在した可能性を記す記述も見られます。

現存する地形から察すると、前田神社が鎮座する最上段の郭が城砦など戦闘施設か城館の最重要施設、北側の一段下がった郭が居住区などとする連郭式の城館であったことが考えられそうです。

前田神社境内では土塁や石積み、明瞭に高低差が判る郭跡(櫓跡?)が確認できます。

【 概 要 】

名 称文珠領城(もずらじょう)

別 名文珠領屋敷(もずらやしき)

所在地:鳥取県西伯郡大山町古御堂文珠領

築城年:不明

廃城年:不明

築城主:不明

城 主:不明

形 態:平城、或いは居館跡(推定)

遺 構:郭跡(方形)、土塁、切岸、堀、列石

現 状:前田神社、住宅、水田

種 類:史跡指定なし

【参考文献】

・文珠領遺跡Ⅰ発掘調査報告書 住雲寺本堂建て替え工事に伴う埋蔵文化財発掘調査(平成22年3月:大山町教育委員会)

・新修鳥取県神社誌 因伯のみやしろ(平成24年6月 鳥取県神社誌編纂委員会)

【城娘】

【 縄張図 】

存在せず

【 地 図 】

【 年 表 】

年号 西暦 出来事

不明

不明

現状から中世城館が所在した可能性が考えられている。

【 写 真 】(訪問日:2014/05/17)

前田神社の入口

入口の西側に土塁と礎石

前田神社の参道

参道西側の土塁

参道西側の土塁

参道西側の石積

社殿の様子

境内の様子

境内にはサイノカミ

境内の祠

境内の小祠

境内南側の一段高い郭

境内南側の一段高い郭

境内南側の一段高い郭

南西隅のL字土塁

北西側の堀跡(U字溝で改変済)

西側の堀跡(U字溝で改変済)

西側の堀跡(U字溝で改変済)

西側の堀跡(U字溝で改変済)

南側の堀跡(U字溝で改変済)

南側の堀跡(U字溝で改変済)

東側の堀跡(U字溝で改変済)

東側の堀跡(U字溝で改変済)

南東の空き地(郭跡?)

北側の切岸

前田神社より一段下の北側の遠望

南の離れた場所に巨大な五輪塔