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HOME > 伯耆古城図録 ~西伯郡篇~ > 名和氏館 > 同好会活動日誌

◆名和氏館【訪問日:2014/02/23】 登城難易度⇒★☆☆☆☆(易しい)

【 概 略 】

名和長年の居館跡で、名和氏二代の居館と云われる。

南側から西側にかけて流れる東谷川を天然の堀(川堀)、東側には土塁と空堀を配することで居館の

防御力を高めた。

 

居館より東側、長綱寺の裏山には名和氏の詰城が所在したとも伝わる。

詰城跡とされる山は現在、鎌倉時代に船上山の戦いで幕府軍と戦い命を落とした名和氏一族郎党の墓が

祀られているが、敵対勢力に荒らされることを恐れた名和氏一族によって埋められていたと云われる。

昭和の頃、山林開発によって五輪塔などが出土し、発掘当初は誰の墓なのかはっきりとしなかったが、

後に名和家に伝わる古文書によって名和氏一族郎党の墓であることが判明した。

 

居館跡の近くには名和長年の菩提寺である長綱寺を始め、名和氏一族郎党の墓、的石、三人五輪、

名和神社、氏殿神社、元弘帝御着船所、後醍醐天皇の腰掛岩など、太平記に縁のある場所が多く残る。

【 遠 景 】

名和氏居館跡

居館跡には碑(名和神君碑)が建立

風化が激しく刻まれた文字の判読はほぼ不能

【 概 要 】

名 称名和氏館(なわしやかた)、名和公館跡(なわこうやかたあと)

別 名:又太郎屋敷(またたろうやしき)、デーノヤシキ(殿の屋敷の意)

所在地:鳥取県西伯郡大山町坪田

築城年:不明

築城主名和長年名和行高

城 主名和長年名和義高名和義光名和行高

文 献:名和町誌

形 態:居館跡

遺 構:郭跡、川堀、土塁、空堀

現 状:史跡

種 類:大山町指定文化財

【 地 図 】

【 年 表 】

年号 西暦 出来事

鎌倉時代

不明

名和氏二代の居館であったと云われる。

【 写 真 】

居館跡入口

居館の郭跡の様子

入口の通り

川堀とされる東谷川

名和長年を始め名和氏の菩提寺「長綱寺」

長綱寺裏山には詰城があったとも伝わる

長綱寺裏山には名和氏一族郎党の墓が祀られる

名和氏一族郎党の墓

名和氏一族郎党の墓

長綱寺裏山の詰城の郭跡?

名和氏一族郎党の墓にある土盛

的石

名和神社の鳥居

名和神社

元弘帝御着船所

後醍醐天皇の腰掛岩

【同好会活動日誌】

今回は史跡指定(大山町:旧名和町)の居館跡だよ。

近くには後醍醐天皇や名和長年といった太平記と縁のある場所が密集してるから

手軽に歴史を感じるには良い場所だよね。

名和氏の居館跡を起点にすれば半径50m以内に

「長綱寺(名和氏菩提寺、名和氏一族郎党の墓、硯石)」「的石」「三人五輪」

少し離れるけど

「名和神社」「氏殿神社」「一斗六升」なども見所ね。

自転車があると手軽に回れるけど、徒歩だとちょっと辛いかな。

名和長年はウチの企画が”伯耆で一番有名な武将”として推していきたい武将だよ。

居館跡には桜の木があったみたいなので、春には凄く綺麗な館跡になるんじゃ

ないかな?

名和氏一族郎党の墓が所在する長綱寺の裏山は名和氏の詰城があったとも

云われているので、こちらの情報も興味深いわね。