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HOME > 伯耆古城図録 ~西伯郡篇~ > 高姫根小松砦 > 同好会活動日誌

◆高姫根小松砦【訪問日:2014/02/22】 登城難易度⇒★★★★☆(修羅)

【 概 略 】

詳細の一切が不明な砦跡。

高姫に「根小松」の字は残るが、城や砦に関係するような字は見受けられない。

 

高姫村は星川郷に所在した十一村のうちの一村と会見町誌(初版)には記されていたが、

最新版(南部町への合併による会見町消滅時に刷られた最終版)では「高姫」の記載が削られている。

 

高姫村が星川郷の荘内であったとすれば巨勢氏の一族で在地豪族、星川氏の支配した砦と考えられ、

主郭南側に堀切が配されていることからも星川氏の拠点があった高姫方形館浅井居館群への備えとし、

南方からの敵勢力の侵攻を防ぐ防衛拠点とも考えられるが、資料に乏しく推測の域を出ない。

※城域は猪用の防柵で囲まれています。無許可での侵入や柵への悪戯をされないようお願いします。

【 遠 景 】

南東側からの遠景

主郭北東端の巨石

【 概 要 】

名 称高姫根小松砦(たかひめねこまつとりで)

所在地:鳥取県西伯郡南部町高姫

築城年:不明

築城主:不明(星川氏?)

城 主:不明(星川氏?)

文 献:会見町誌(※直接の記載は無し)、鳥取県中世城館分布調査報告書第2集(伯耆編)

形 態:山城

遺 構:郭跡、帯郭、堀切、土塁、竪堀、井戸跡、礎石、石積、虎口

現 状:山林

種 類:文化財指定なし

【 地 図 】

【 年 表 】

年号 西暦 出来事

不明

不明

巨勢氏の一族で在地豪族、星川氏の采地であったと云われる。

星川郷、星川荘などの記述は見えるが砦についての記述は見られない。

【 写 真 】

南東側(集落側)からの登城口

個人様宅の敷地なので無断侵入は厳禁!

丘陵の様子(東側)

全般的にどの方角からも勾配はきつい

東側丘陵の様子(主郭から)

東側丘陵の様子(麓から)

主郭中心部の様子

主郭(北東側)の様子

主郭北側端にのみ存在する礎石の残骸

礎石の残骸

巨石を用いた石垣のような石積

石垣を用いた虎口跡にも見える

北側の竪堀

北側の竪堀

北側の離れた連郭

北西側の離れた連郭

井戸跡と思われる窪みも見える

猪の巣穴という可能性も高いが…

主郭北側の土塁と帯郭

主郭北西側の土塁と帯郭

主郭西側の土塁と帯郭

主郭北側の帯郭

帯郭は等高線に沿うように2段配されている

主郭と南側堀切との間には竪堀

主郭と南側堀切との間の竪堀

南側堀切

南側堀切

南側堀切の先には郭跡と思われる平坦地

南側堀切付近の井戸跡?

こちらも猪の巣穴かも…

【同好会活動日誌】

えーっと…

始めてのケースだと思うけど、文献に名前すら見つけられなかた砦跡よ。。。

現地を探検した時は主郭にあった巨大な岩や礎石の残骸、堀切とか見所が多くて

砦に関する資料も簡単に見つかりそうだと思ったけど、全然甘くなかったね。

会見町誌を見る限り、恐らくは紀氏の一族で巨勢氏の一族、星川氏(ややこし…)

が采地とした星川郷に高姫村は組み込まれていたようなので、

星川氏の拠点と云われる浅井居館群、或いは高姫方形館への備えとして

築城された砦と考えられないかしら?

高姫方形館の付近には高姫古墳群もあるので、こちらの砦も古墳を利用した

砦なのかも知れないわね。

もっとも、あまりにも資料が乏しすぎて推測の域をまるで出ないけどね。

そもそも調査報告書はどこからココが砦だって割り出したんだろう。。。