トップページへ
お問い合わせフォーム

HOME > 伯耆古城図録 > 伯耆古城図録 ~東伯郡琴浦町篇~ > 旧東伯郡赤碕町 > 鳥取藩台場 赤崎台場

◆ 鳥取藩台場 赤崎台場

【 概 略 】

JR赤碕駅から500mほど北に進み国道9号線を渡り、更に200mほど北に進んだ位置に所在する。

江戸後期~明治初期頃の地図には松林の中に孤立した状態で半円状の台場が描かれていた。

現在は埋め立てられた郭跡の上に縫製工場跡地の基礎を残した状態となっている。

 

2016年(平成28年)3月1日、国指定史跡に追加指定され、これまでは地名から「赤碕台場」としていた呼称が江戸時代の表記に倣って「赤崎台場」と変更になった。

 

台場より500mほど西の海岸には鳴り石の浜という石塁がある。

詳細は不明だが元寇防塁を髣髴させる造りの石塁が海岸線に数百m続く。

【 遠 景 】

国指定史跡前の状態

国指定史跡前の状態

台場からの日本海

空堀跡とされる

【 見どころ 】

国指定史跡 赤崎台場

残存状態の悪さから伯耆国内の台場では唯一国指定(八橋台場は置いておいて)を受けていませんでしたが、平成28年3月1日、国指定史跡として追加されました。

案内板は出来ましたが、発掘現場も埋め戻され、現在は特に見どころもありません。

ここから海岸線を西に進むと元寇防塁のような石塁が見られます。

【 概 要 】

名 称鳥取藩台場 赤崎台場(とっとりはんだいば あかさきだいば)

別 名:鳥取藩台場 赤碕台場(とっとりはんだいば あかさきだいば)

所在地:鳥取県東伯郡琴浦町赤碕

築城年:1863年(文久3年)

廃城年:不明

築城主武信佐五右衛門

城 主武信佐五右衛門

形 態:砲台場

遺 構:土塁(郭跡は埋立)、石塁(鳴り浜の石)

武 装:六尾反射炉製 砲台3門(鉄造十二斤砲×1門、御銘入鉄造五寸径砲×1門、鉄造三斤砲×1門)※非現存

現 状:荒地

種 類:国指定史跡(平成28年3月1日指定)

【参考文献】

・赤碕町誌(昭和49年11月 赤碕町誌編纂委員会)

【城娘】

 

【 縄張図 】

不明

【 地 図 】

【 年 表 】

年号 西暦 出来事

文久3年

1863年

在地豪農で鳥取藩郷士、武信佐五右衛門が資金を提供し、赤碕の松林に半円状の台場建設が開始され、完成時期は不明だが年内、あるいは翌年に完成とされる。

【 写 真 】(訪問日:2013/09/14)

史跡指定前の工場跡地

史跡指定前の工場跡地

土塁の名残

土塁の名残

西側の土塁

西側の土塁

北側から土塁

土塁の境界

土塁の名残

土塁の名残

土塁の名残

礎石(コンクリート造り)

【 写 真 】(訪問日:2014/12/19)

発掘調査の様子

発掘調査の様子

発掘調査の様子

発掘調査の様子

発掘調査の様子

発掘調査の様子

発掘調査の様子

発掘調査の様子

北側土塁

北側土塁

元寇防塁?

石塁

石塁

石塁

石塁

石塁の遠望

石塁の遠望

石塁の遠望

海岸線と石塁

海岸線と石塁

海岸線と石塁

海岸線と石塁

【 写 真 】(訪問日:2018/04/28)

案内板

埋め戻し後の主郭

海岸線と石塁

海岸線と石塁

海岸線と石塁

海岸線と石塁

石塁