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横田主馬助

(よこた しゅめのすけ)

【姓】横田【字】主馬助【諱】不明

【所属】三好氏⇒中村氏

【官位】不明

【出身】不明

【生年】不明

【没年】1603年(慶長8年)

中村家の執政家老、横田村詮の子。史料によっては弟とも記述される。

 

安井清一郎天野宗杷らの謀略によって父が討たれたと知ると、総大将として横田一門の二百余名、

客将の柳生宗章らと共に飯山砦(内膳丸とも云われる)に立て籠もり、主家の中村一忠に抵抗した。

 

戦場では朱の具足に白の陣羽織を纏い、軍配を手に将兵を指揮したと云われる。

 

籠城翌日、中村一忠の援軍要請に応じた出雲国富田城の城主、堀尾吉晴親子の援軍が大龍山 總泉寺

到着し、堀尾方との戦が始まると次第に劣勢へと追い込まれ、最期は城に火を放った後に自刃。

横田家譜代の家臣、桜間甚吉によって介錯された。