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粟屋彦右衛門就光(あわや-ひこえもん-なりみつ)

【氏】不明【姓】不明【名】粟屋【通称】彦右衛門【諱】就光

【幼名】源二郎(げんじろう)

【所属】毛利氏⇒吉川氏

【官位】不明

【出身】不明

【生年】不明

【没年】不明

16歳の頃より武勇に優れ毛利元就に気に入られていたとされる。

 

1565年(永禄8年)、尼子氏との月山富田城の戦いに従軍。

 

1582年(天正10年)、伯耆国佐陀城に拠って謀反した杉原景盛討伐の総大将に香川春継が推挙された際、総大将を引き受ける条件として副官に付けるよう吉川元春に再三願い出ている。

副官として同行が承諾され、香川春継の副官として杉原景盛の討伐では軍功を上げている。

 

1586年(天正14年)、豊臣秀吉の九州征伐には吉川軍の一員として九州へ向けて出陣。

九州の島津征伐に従軍し、高橋元種の籠もる豊前国香春嶽城を攻撃する。

この戦では香川春継らと共に三ノ岳を攻略し、高橋元種の降伏を決意させることにも貢献している。