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吉田兵部大輔元勝(よしだ-ひょうぶたいふ-もとかつ)

【氏】源【姓】朝臣【名】吉田【通称】兵部大輔【諱】元勝

【通称】吉田源四郎(よしだ-げんしろう/よしだ-げんじろう)

【別名】吉田兵部大夫(よしだ-ひょうぶたいふ)

【所属】吉川氏

【官位】兵部大輔

【出身】不明

【生年】不明

【没年】不明

出雲吉田家の一族、吉田元重の血縁者と推測される人物で伯耆国尾高城、伯耆国手間要害の城主。

 

1582年(天正10年)、杉原家の家督争いによって杉原家が改易となると吉田元重尾高城の城番を務めていたが、瑞仙寺文書では1585年(天正13年)に尾高城の城番として名前が見える。(瑞仙寺文書)

 

1585年(天正13年)9月28日、出雲国日御碕神社の造営(当国日御碕御造営)について「吉田兵部大夫元勝」として書状を発給している。(吉田元勝文書)

 

1587年(天正15年)8月23日、出雲国杵築大明神に関して「元勝」として起請文を発給している。(吉川家文書 吉田元勝起請文)

 

時期は不明だが手間要害の最後の城主として名前が見える。

尾高城の存続時期と手間要害の廃城時期を考えると手間要害から尾高城へ移ったと推測される。