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HOME > 伯耆古城図録 ~米子市篇~ > 鳥取藩台場 淀江台場 > 同好会活動日誌

◆鳥取藩台場 淀江台場【訪問日:2013/05/26】 登城難易度⇒☆☆☆☆☆(楽)

北側・南側の土塁は平削されてしまったが、直線部分の土塁は現在も良好な状態で残る。

案内板や東屋など、公園として整備されており台場についての概略を知ることも出来るが、案内板は修正・削除され若干見辛い箇所もある。

一番のツッコミどころは当時の台場の様子としてなぜか長州藩(前田茶屋高台場)の写真

(もちろん淀江台場とは一切関係ない)が掲載されている事。

ここは何としても淀江台場の写真を探して欲しかった。

土塁は二段式台形土塁。遊歩道が整備されていて登ることも可能。

高さは約4m、幅は約24m程度の土塁が67mにわたって一直線に続く。

土塁からの淀江漁港の眺め。かつて一帯は淀江湊と呼ばれていた。

土塁の東側の基礎には石垣が見える。西側にも若干ながら礎石が見える。

公園内。現存する中央土塁横に東屋と説明版、公園中央と東側入口付近に石碑がある。

養良高等小学校(後の西部農業高等学校で旧淀江産業技術高校の前身)建設及び増設のため北側・南側の土塁は平削されたとある。

現在は平削された北側がグラウンドゴルフなどが楽しめる多目的広場、南側が児童公園となっている。

―概 要―

名 称:鳥取藩台場 淀江台場(とっとりはんだいば-よどえだいば)

別 名:今津台場(いまづ-だいば)

築城年:1863年(文久3年)の11月に完成。

所在地:鳥取県米子市淀江町今津

築城主:鳥取藩主・池田慶徳

統括官:鳥取藩郷士・松南宏年

文 献:淀江町誌、伯耆国汗入郡海岸絵図

遺 構:高さ約4m、幅約24m、長さ67mの二段式台形土塁

武 装:六尾反射炉製 砲台3門(十八斤砲×1門、六斤砲×1門、五寸径砲×1門)※非現存

    後に8門の移動式大砲が増設配備された。

現 状:公園

種 類:史跡(国指定文化財:昭和63年7月27日指定)

地 図:

―年表―

年号 西暦 出来事

安政2年

1855年

松南宏年が鳥取藩の郷士に任ぜられる。

文久3年

1863年

松南宏年が土地などを無償で提供し、今津の地で台場建設が始まる。

11月、松波宏元の設計による西洋式設計を取り入れた城郭が完成。

明治31年

1898年

養良高等小学校建設のため土塁の一部が平削される。

昭和12年

1937年

養良高等小学校増設のため北側の土塁が平削される。

昭和45年

1970年

養良高等小学校移転のため公園となる。

―同好会活動日誌―

台場公園再び【2013/07/04更新】