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HOME > 伯耆古城図録 ~米子市篇~ > 吉谷城 > 同好会活動日誌

◆吉谷城

 

【 概 略 】

鳥取県中世城館分布調査報告書第2集(伯耆編)には「吉谷所在城」として記述が見えるが城についての詳細は不明。

所在する立地的には牧野氏が居城とした伯耆国古市城の出城、或いは付城とも考えられる。

 

現在は中国電力の変電施設となっており、建設に際して遺構の一部が破壊されたとある。

 

周辺に住まれている方の話では変電所が建設される前、確かに3段の郭跡と思われる段があったとのことである。

 

【 遠 景 】

西側からの遠景

南側から見た丘陵

南側からの遠景

【 概 要 】

名 称吉谷城(よしたにじょう)

所在地:鳥取県米子市吉谷

築城年:不明

廃城年:不明

築城主:不明

城 主:牧野氏?

文 献:鳥取県中世城館分布調査報告書第2集(伯耆編)

形 態:丘城

遺 構:郭跡、土塁、横堀、堀、虎口?

現 状:変電所敷地、山林、原野

種 類:文化財指定なし

登城難易度⇒★★(普通)

【 地 図 】

【 年 表 】

年号 西暦 出来事

不明

不明

不明

【 写 真 】(訪問日:2013/08/18)

一部が中国電力の変電所となっている

調査報告書には2段の郭状平坦地が続くとある

変電所南側の郭跡と思われる平坦地

郭跡には窪みも見られるが井戸跡ではなく

工事による改変と考えられる

土塁の奥には郭跡?

藪化が凄まじく侵入は不可能

郭跡の南東端には空堀(横堀)と思われる

溝状の落ち込みが見られる

郭跡の南東端から東側にかけて田圃の用水路と

なっているが堀の一部ではないかと考えられる

東側丘陵部の頂上付近には土塁が残る

平入り虎口の名残?

平入り虎口の名残?を別角度から

平入り虎口の名残?を上から

【同好会活動日誌】

吉谷城に関しては城主や歴史について全く不明のお城なのよ。

恐らく毛利氏と尼子氏が戦っていた頃に使われた砦の一つと思われるけど、

どのようなお城があって、城の周辺では何が起こったのか…

それ以前に何時、どんな経緯でここに城跡が見つかったのかを示す資料にすら

出会えていないので…今後、資料が出てくる事を願う城跡でもあるわね。

お城があったとされる場所が現在の吉谷なんだけど、

お隣の古市集落にもお城があったとか、なかったとか…って云われてるよね?

ひょっとしてココが古市城?

城の規模にもよるでしょうけど、地理的、距離的に考えると可能性はあるかもね。

この辺りは毛利氏、尼子氏双方の砦が無数に存在したとも云われているから、

吉谷にも古市にも砦や小屋(固屋)のような施設が点在していたのかもしれないわ。

城があったとされる古市集落にも防柵などを廻らせた程度の固屋があったのかも

しれないわね。